14年08月24日 その2
銅灯篭 寛永慶安年間に諸大名が奉納したもので、全48基 手前に写ってるのは徳川御三家から寄進されたもの 国指定重要文化財
手水舎は何故か2つ この上野東照宮には計3つの手水舎がある
振り返ってみる
五重塔 この全長32Mの巨塔は、1631年、総国佐倉城主・土井利勝が寄進奉納 8年後に花見客の悪戯で焼失するが(笑)、同年、あっという間に再建された 元々の所有権は上野東照宮にあったが、明治の神仏分離により寛永寺へ 1958年に東京都に寄贈されると、登記簿上は上野動物園の敷地内ということに 動物園に入場しなければ近くに寄れない五重塔はたぶん世界でこれだけ
石灯籠 諸国大名により寄進されたもの 1624〜43年に17基、1651年に200基前後、1716〜35年以降に25基が奉納された
え? コピペばっかじゃんって?
いいじゃーん別にー 自分の文章パクっても このへんね
ご老公!おやぶんです!
緑が鮮やかじゃのー

よかった、生きてた
さて、どうしよう
このあと飲むのは当たり前として
その前にもうひとつ宿題をクリアーしておく?
いつも入ろう入ろうと思いつつ
なかなかその機会がなかった場所
そう、下町風俗資料館
ほんと、なかなか来れなかったなー
というのも、この施設は1960〜70年代の生活を想定しているらしいんだ ほぼ「オトナ帝国の逆襲」の想定する世代と一致してる
つまり、1960年代に少年〜青年だった人々がターゲット おれとはちょっと世代が違うんだよね
オート三輪なんて記憶にないし、カーペンターズは懐メロ 駄菓子屋で買ったのはペプシコーラって世代だもん
当たりが出るとスーパーカーの下敷きがもらえて そのとき既にトヨタ2000GTは幻の名車だったからね
突撃しまーす(十六世名人ふうに
大八車
人力車
茶の間
下駄屋さんかしら 紐?縄?は鼻緒かな
おお、昭和だ
さすがに竈(かまど)は飯盒炊爨でしか知らないなー
くみ上げポンプのついた井戸 おばあちゃんちにあったやつだ たらいで洗濯するのはドリフのコントで見たことがある
なんだか時代劇っぽいぞ
この駄菓子屋は昭和30年代じゃないかな
お面、塗り絵、けん玉、メンコ まさに昭和30年代だ
駄菓子屋は子供の社交場であり、そして、経済の仕組みを学ぶ場でもあった 財布と相談して本当に欲しいものを取捨選択していく
今の子供はコンビニで買い物だものね 支払いはSuicaやスマホ
それはそれで仕方ないし、悪いわけでもないのだけど
そんなに楽しい時代じゃないんだろーなーとは思う
大工さんの家かな
いいね この光景はヘタすると今でも地方の山間部で見られるのでは
スプリンクラーはともかく(笑)
この火鉢ってのを見たことがないんだよなあ それが狙いの温泉旅館以外では
でも、土間のある家は今でも結構見かけるね 家屋に余裕のある証でもある
路地裏ってのは幅1M以内がデフォ
これはよく知ってる おばあちゃんちにあったから 使い方が分からなくてねえ 覚えてからは楽しみのひとつになったっけ
ただ、こういう風情に今いちピンと来ないのは
我が家の家系がホワイトカラーだからかなあ 身内はほとんど親方日の丸なのよ
女性陣はなぜか百貨店勤務が多いしね
上流階級ではないけど、下流階級でもない
だから銭湯とかぜんぜん感慨がない ま、さすがに銭湯は世代的に縁がないのも無理はないか
番台だね ここに座るのが夜の男性諸君の夢だった時代もあるそうで
これは五右衛門風呂ってやつかな? 最後の最後に息子を沈めて生き残りを図ったという
人間なんてそんなもんよ
あーそーぼー 最近はそんな子供の声をほとんど聞かなくなったね
友達の家にお邪魔する
時には夕飯までご馳走になったり
そんな密な関係が難しい時代
繋がってるのはネットだけ
だから端末を手放せない
かりそめの繋がりにしがみついて
そこに人肌はあるのかい?
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